デス・オーバチュア
第161話(エピローグ)「白の小終結部(コデッタ)」





光陰矢の如し。
神聖王国ホワイトでの異変が全て解決してから早一ヶ月が経過しました。


「いや、本当ごめんなさいね。ついうっかり、綺麗サッパリ、あなたのこと忘れていたのよ〜、あはははははっ……」
やっとの思いで見つけだしたマスター……フィノーラ様は私を置き去りにして帰ってしまったことを、笑って誤魔化されました。


今、私達が暮らしているのはクリア国のエンジェリック家。
フィノーラ様が恋い焦がれる存在である光皇ルーファス様の地上、人間としての住まいである大きな屋敷です。
まあ、つまるところ、フィノーラ様と私は、勝手に住み着いている居候みたいなものである。
「失礼ね、囲われている愛人って言なさい!」
私の思いが口に出ていたのか、フィノーラ様に否定されてしまいました。
しかし、妙な拘りというか、ただの居候扱いは嫌だけど、『囲われている愛人』ならオッケイなんですか?
御自分の立場、肩書きとして本当にそれで満足なのでしょうか?
「恋人は名乗らない……名乗れないわよ……身の程知らずというか、惨めになるもの……でも……」
でも、完全に諦めることも、離れることもできないわけですね。
我がマスターながら、いじらしい方です……。
で、その肝心の相手である、光皇様はどうしているかというと、自分の屋敷のくせに滅多に帰ってきやしません!
何でも、ゼノン様に剣の製作を依頼されたとか、山の上の小屋に籠もられたままです。
ちなみに、ゼノン様は私達と違って、その小屋の方に住まわれています。
といっても、日中は修行されているか、あちらこちらの国へ散策に行かれ、小屋には寝に帰るだけのようですが……。
そういえば、散策というより、何かを、誰かを、捜しているかのようにも見えました。
ルーファス様の妹君であらせられるダイヤモンド様も、どうも私達が気に入らないのか、それとも気を遣ってくださっているのか、私達が転がり込んできた日から、入れ替わりに姿を消されたままです。
そんなわけで、この屋敷に居るのは、暮らしているのは、結局私とフィノーラ様だけだったりします。
そして、二人で、無為に、ダラダラと過ごしているうちにアッと言う間に一ヶ月経っちゃっいました。
「なんかそう言われると、人聞きが悪いわね……」
あ、私また声に出ていましたか、フィノーラ様?



私には六人の姉妹が居ます。
長女のアンベルは魔皇とやらに魔界にお持ち帰りされてしまいました。
あのアンベル姉さんを持って帰るなど、物好きの極みですね。
次女は実は私だったりします。
意外ですか? それとも、いかにも次女といった感じのしっかり者に見えますか?
そういえば、アンベル姉さんは、私のことをしっかり者じゃなくて、ちゃっかり者とかいうんですよ。
酷いですよね、私は大抵、悪質な姉さんと、わがまま好き勝手な妹達の割を食う立場ですよ?
三女がオーニックス、型(タイプ)、傾向が思いっきり違うように見えますが、私と対をなす存在です。
スカーレットとアズラインと同じようなもので、人間に例えれば双子といったところでしょうか?
四女バーデュア、五女スカーレット、六女アズライン、七女ファーシュ……実は彼女達は全員この国に居たりします。


「FIRE!」
バーデュアの二丁の散弾銃(ショットガン)が発砲された。
私に向かって無数の礫のような弾丸が迫る。
「殺刃血界(さつじんけっかい)!!!」
私が鳥のように両手を広げると、無数の白刃(ナイフ)が全身から解き放たれ、散弾を全て呑み込みながら、バーデュアの体の中心を目指して集束されていった。
「NOOOOOOOOOっ!?」
一番先頭のナイフがバーデュアの胸に刺さる寸前で全ての白刃が停止する。
「OHゥゥッ……可愛い妹を殺す気ネ!?」
「まさか、全ては計算通り、予定通りです」
私はバーデュアの抗議を受け流すかのように華麗に舞い、全ての白刃を引き戻し、体内に収納した。
「オーバライン姉さんの計算や予定程信用できないものはないね! 計算高いくせにいつも肝心なところでポカするネ!」
「聞き捨てなりませんが……その理屈なら逆に大丈夫でしょう。あなたの生死は肝心……特に大切なこと、非常に重要なこと……ではありませんので……」
「NOOOOOOOOOっ!? それはあんまりヨ、姉さん! このホワイトデビル(白い悪魔)!」
「誰が悪魔ですか……ホワイトロリータは天使、悪魔をイメージするファッションはブラックロリータの方です」
「ファッションの話じゃないネ! だいたい、オーバライン姉さんは……」
バーデュアはいまだに、子犬のようにキャンキャン吼えていますが、いつものことなので気にしないことにします。
まあ、おかげで良い運動&新技の開発の役には立ちました、心の中で一応お礼は言ってあげますよ、バーデュア。
なんで新技の開発なんかをしているかと言うと……まあ、私としてもちょっと思うところがあるのですよ。
もしかして……本当にもしかしてなんですが……私って弱い!? 役立たずですか!?
フィノーラ様、ゼノン様と最近闘った相手が悪すぎたとは思うんですが、こうも雑魚扱いでやられてばかりだと、自信がなくなってしまうんですよね。
そんなわけで、剣士(ソード)型とは言ったものの、ゼノン様を筆頭に、あまりに桁どころか次元違いな剣士達を大量に目撃し、ここは潔く剣士に拘るのはやめて、もう一つの特技(能力)であるナイフ投げ……ナイフ使いの方を極めることに決めました。
「だいたいもうサマー突入ヨ! そんな格好されたら、見てるこっちの方が暑苦しくて死にそうネ!」
いつのまにか、ファッションの話になっていますよ、バーデュア……。



「珍しくバーデュアお姉ちゃんももっともなことを言ったよね」
「……季節以前に、その格好はどうかと思うの……」
ハイオールド家の一室、紺碧と深紅、色違いな双子が私を逃がさないように、挟み込んでいます。
ファッション、髪型の違いのせいで、一見双子には見えないが、よく見ると体型も顔立ちもそっくりだった。
もっとも、アズラインは媚びたような甘えた雰囲気、スカーレットの方は冷笑的な冷めた雰囲気……といった感じで同じ顔立ちでありながら纏う雰囲気はまるで違う。
「……私をどうするつもりですか、アズライン、スカーレット……?」
「イメージチェンジしようよ〜」
「改造……軽量化するの……」
アズラインの両手にはハサミが、スカーレットの背後には洋服が山積みにされていた。
「……アズライン、暑いでしょう? プールに戻ったらどうですか? スカーレットも仕事があるのでは……」
「娯楽に興じれば夏もまた涼しい〜」
「お給料もらっているわけじゃないから、気が向いた時だけでいいの……」
スカーレットの両手にそれぞれ、血色のメスが四本ずつ出現する。
「あ、駄目だよ、スカーレット! 髪をチョキチョキ切るのはボクの一番の楽しみなんだから取らないでよ!」
「早い者勝ちなの……切り刻むの……!」
「させるかっ!」
スカーレットとアズラインは同時に私に飛びかかってきました。


「なるほど、それでそんな格好になっているわけね……」
スカーレットを迎えに来た白衣の少女が、何とも言い難い微妙な表情を浮かべていた。
彼女の名はメディア、西方でメディカルマスターとか呼ばれている医者で、スカーレットのマスターらしい人である。
らしいというのは、スカーレットの彼女に対する態度がマスター……己の主人に対する態度とは思えないからです。
ですが、スカーレットが共に行動していることと、彼女の助手……看護婦(ナース)の真似事をしていることを考えると、彼女がマスターとしか思えません。
「しかし、随分とスッキリしたわね……そういう服なんて呼ぶのかしら……やっぱりそうなっても変わらずホワイトロリータ?」
メディアが私を見つめながら、考え込みます。
「……軽量化……夏使用なの……」
ええ、確かに夏使用でしょうね、思いっきり衣装を切られましたからね……。
私の白一色のドレスは、両腕は肩口で切り裂かれ、下は膝どころか、辛うじて下着が見えない程度の長さしかないミニスカートにされている。
本当に辛うじてだ……派手に動けば間違いなく下着が見えてしまうだろう。
「まあ、悪かったわね……て謝った方がいいのかしら?」
「別にあなたが謝る必要はありませんが……さっさと連れ帰ってもらえると助かります……これ以上玩具にされたくはありませんので……」
「……そうね、じゃあ、わたし達はこれで失礼するわ……ほら、帰るわよ、スカーレット」
「……嫌なの……もっと切り刻みたいの……」
「はいはい、今度患者切らせてあげるから……じゃあ、またね」
メディアはスカーレットを猫か何かのように襟首掴んで持ち上げながら、部屋から出ていった。
二人が退室したのを確認すると、私は深く溜息を吐く。
これでやっと解放され……。
「はい、じゃあ、いよいよお待ちかねのヘアカットの時間だよっ! チョッキンチョッキン〜♪ その後は、今の服もいいけど、他のもいろいろ試そうよ〜、着せ替え着せ替え〜♪」
忘れていました……まだ彼女が……私の背後で楽しそうにハサミを鳴らしている紺碧の小悪魔が残っていることを……。


「……困ります、オーバライン姉さん、部屋をあまり汚されては……」
「……ファーシュ……この惨状を見て言うことはそれだけですか……?」
私の髪と呼吸は激しく乱れていた。
私の髪は本当は地面に届きそうなほど長い。
それを一本の三つ編みにして、後頭部に結い上げているのがいつもの私の髪型だった。
その髪が解けた上に、肩にかかるぐらいの髪の長さでバッサリと切り裂かれている。
「えっと……セミロングも悪くないと思いますよ、姉さん……」
ファーシュは思い出したかのように、世辞を口にした。
「あ、ありがとう……」
まあ、確かにセミロングにされた程度の被害で済んで良かったとは自分でも思います。
危なくもっととんでもない髪型にされるところでしたから……。
「では、私はもう帰らせてもらいます……申し訳けないけど、後お願いします、ファーシュ……」
「畏まりました」
最初困るとか言っていたが、ファーシュはちゃんと嫌がらず『後始末』を引き受けてくれた。
「ですが、血で汚すだけならまだしも……壁に穴を空けるのはできればやめてくださいね、オーバライン姉さん」
「……すみません、身の危険を感じたのでつい……手加減できなかったのです……」
これから、この部屋を一人で片づけなければならないファーシュのことを思うと、本当にすまないという気になります。
「ほら、アズライン姉さんもいつまでも死んでいないで、掃除の邪魔ですからさっさと起きてください」
ファーシュは、無数のナイフで壁に張り付けにされているアズラインの頬をペチペチと叩いていた。



「ああ、ルーは今日も帰ってこないのかしら〜」
フィノーラ様が窓の外の夜空の月を眺めながら呟いた。
本当になんていじらしい方なのだろう。
フィノーラ様は毎晩のようにこうして、帰らぬ主人を待ち続けています。
「……では、フィノーラ様、私はこれで失礼させていただきます」
「ええ、おやすみなさい」
フィノーラ様は月に眼差しを向けたまま応える。
「おやすみなさいませ」
できることなら、フィノーラ様が眠くなられるまでおつき合いしたいところなのですが、睡眠……充電をそろそろ始めなければ、朝までに完全充電を終えることができなくなってしまいます。
私は自分の私室として用意された部屋へと戻りました。
自分の部屋といっても、家具を買って持ち込んだり、模様替えなどもしていないので、空き部屋だった時のまま殆どこの部屋は変わっていません。
ただ一点、唯一の私物……私が外から持ち込んだ物を除いては……。
そう、この部屋にはベッドはなく、ベッド代わりに巨大な『充電器』が置かれていた。
私は充電器の人型の刳り抜きの中に自分の体を填めるようにして、横になる。
ガッチといったしっかりとした音と共に私の体は充電器と一体化した。
小型の内蔵バッテリーのファーシュは、プラグを御家庭の『コンセント』に差し込むだけでいいが、私の場合、この巨大な棺のような専用充電器が必要不可欠なのである。
もっとも強いが、もっとも危険な原子力発電式だったアンベル姉さんの次の機体だったせいか、安全性を最優先に考えられた普通の電気充電式が私には採用された。
だが、効率が悪いというか、物凄く電気を食うというか、充電器も小型化できなかったというか、とにかく私という機体は色々な意味で不完全、未完成なのである。
補助的充電方法として人間のように食物を摂取しエネルギーに変換する機能も後から追加された。
ふと考えてみると、まるで私はファーシュの実験機のように思えてくる。
ファーシュが余りパーツで作られた『オマケ』の機体である以上、そんなことはありえないが、戦闘能力や身体能力はともかく、効率、安全性、お手軽さという意味では、ファーシュこそがまさに、完成品のようだった。
実際、ファーシュを除く私達六体は、あまりに特化がされすぎているし、製造コストのことなどまったく考えられていないので、商品化、量産にはまるで適していない。
どう考えても私達は趣味で作られたオーダーメイドの機体だ。
そもそも私達の性能、作られた理由にも納得いかないことや疑問も……。
「……ん……」
これ以上考えることを禁じるかのように、人間で言うところの眠気が訪れた。
「……私にとって眠りも死も同じもの……同じ機能停止に過ぎない……再び目覚めるか、二度と目覚めないかの違いこそあれ……」
眠ることが怖いと思ったことがある。
もし、眠っている……機能が停止している間に、充電器や私自身が故障したら……そのまま二度と目覚める……再起動することはないのだ。
かといって眠らない……充電しないわけにはいかない、そんなことをすればエネルギーがゼロになり、完全な機能停止が訪れるだけである。
「……だから、明日のために……明日目覚める(生きる)ために、今は眠り(死に)ましょう……」
私は瞳を閉じた。
全機能停止、主電源OFF……おやすみなさい……。






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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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